特集インタビュー:オスカーウォッチャー大橋氏が語る「情報=ゼロ円」時代の仕事論

映画や音楽の賞レース結果を記録し、膨大なデータベースを構築・発信する「アワード記録員」の大橋直久氏。AIが瞬時に答えを出す時代において、単なるデータの所有ではなく、いかに「観客にとって見やすく提示するか」という独自の研究を続けています。情報の価値がゼロに近づく現代で、独自のメディア運営を続ける理由と、その意外な本職について話を伺いました。

大橋直久(おおはし・なおひさ)

アワード・ウォッチ編集部員。オスカーウォッチャー。映画・音楽・テレビ賞の膨大なデータベースを構築し、スマホ時代に最適化したUIでの情報発信を続ける。本職は水道の配管工。

「データそのものに価値はない。大事なのは見せ方」

編集部:「アワード記録員」とは、具体的にどのような活動を指すのでしょうか?

大橋直久(以下、大橋氏): 映画や音楽などの賞の結果を記録し、毎年更新していく仕事です。単に新しい結果を追うだけでなく、過去にさかのぼってデータベース化も行っています。ただ、今の時代、データを持っていること自体に優位性はありません。IMDbのような巨大なデータベースはすでに存在しますし、最近ではGeminiやChatGPTに聞けば一発で答えが返ってきます。つまり、データそのものは意味をなさなくなっているんです。業界内部のデータ管理ではなく、あくまで「観客のためのデータ共有」に注力しています。

編集部:AIが答えをくれる時代に、あえて人間が記録し続ける意味はどこにあるのでしょう。

大橋氏: 「いかに一般の人に見せるか」という提示方法です。AIの回答は便利ですが、どうしても説明が冗長で、通り一辺倒になりがちです。いわば「おしゃべりな人」がダラダラ喋っているようなもので、スマホで見るにはスクロールが大変なんですよ。私たちが研究しているのは、スマホでの「一覧性」です。例えば、私たちは「吹き出し方式」と呼んでいる立体的なUIを採用しています。情報を3D的に配置することで、AIのテキスト回答よりも圧倒的に情報を把握しやすくする。この「差別化」こそが、今の私たちの存在意義だと思っています。

「予想は当てるためではなく、後の作業を楽にするため」

編集部:サイトでは賞の「予想」も公開されていますね。やはり的中率にはこだわっているのですか?

大橋氏: 実は、当てることにはあまり興味がないんです(笑)。編集部全体としても、的中率を集計したことすらありません。ノミネート発表後に表を作るのは本当に大変ですが、あらかじめ予想として作品を並べていれば、それを並べ替えたり、予想外の作品を追加したりするだけで済みます。画像や動画も事前に用意しておける。つまり、予想は、更新作業をスムーズにするための「準備」なんです。グラミー賞のように部門数が膨大になるアワードほど、この事前の仕込みが大切になります。

「検索対策よりも唯一無二のコンテンツを」

編集部:情報の速報性や、検索順位対策(SEO)についてはどうお考えですか?

大橋氏: 速報については、SNSが発達した今はそこまで重視していません。ただ、注目度の高い賞は迅速に更新します。SEO対策についても、実は何もやっていません。「良いコンテンツを作れば、Googleは評価してくれる」と信じています。実際、アカデミー賞の直後は大手メディアに順位を押し出されることもありますが、数日経てば必ず戻ってきます。それは、読者が「あのサイトを見たい」と、指名検索で探し出してくれるからです。唯一無二のコンテンツを作ることこそが、最大の対策ですね。

「サーバー選びに見るメディア運営の現実」

編集部:サイト運営のインフラ面、特にサーバー選びには苦労されているそうですね。

大橋氏: 痛い目を見てきましたから。以前はエミー賞のサイトでMixhost(ミックスホスト)を使っていましたが、『SHOGUN 将軍』で盛り上がった授賞式当日にダウンしたんです。高いプランを勧められましたが、結局、より安価なheteml(ヘテムル)の方がはるかに安定していました。結局、今は主要なサイトをすべてhetemlに引っ越しました。どんなに中身が良くても、見たい時に落ちているサイトはプロとして最低ですから。Mixhostと同じ会社がやっているVPNは、使い勝手が良くて気に入っているんですけどね。

「映画が好きだから記録するのではない。質を求めた結果」

編集部:それほど心血を注いでいるのは、やはり映画が大好きだからでしょうか?

大橋氏: いえ、実はそんなに熱烈な映画ファンではないんです。むしろ運動やダンスをしている方が好きですね。ただ、私は好みが激しく、本当に「好きだ」と思えるのは全体の3%くらい。でも、振り返ってみると、自分が面白いと感じた作品はたいていアカデミー賞にノミネートされている。つまり、アワードというフィルターを通すことで、面白い映画に出会える確率を上げているんです。ちなみに日本映画なら「キネマ旬報ベスト・テン」や「毎日映画コンクール」などは信頼していますが、日本アカデミー賞やスポーツ新聞系の賞は、残念ながらあまり参考にしていません。

「情報提供で稼ぐ時代の終わり」

編集部:大橋さんはこの仕事を「無償ボランティア」として続けていらっしゃいます。

大橋氏: そうです。今はもう、「情報」や「メディア」で稼げる時代は完全に終わったと思っています。SNSやAIの普及で情報の価値はゼロ円に近づきました。ネット広告の不快な表示は、そのモデルが限界を迎えている証拠でしょう。稼ぐのは、肉体労働など他の仕事でやるべきです。インターネットやAIが発達したことで、完全に価値のあり方が変わりました。

編集部:では、大橋さんの「本職」は……?

大橋氏: 水道工事や配管工事などの肉体労働です。現場仕事は今、どこも引っ張りだこですよ。人がいないし、何よりAIには絶対に真似できない仕事ですから。情報の整理というAIと競い合いながら、人間としての価値を研ぎ澄ます。そして生活の糧は、AIが手出しできない実社会のインフラで稼ぐ。このバランスが、今の時代には一番健全なのかもしれません。

編集後記

大橋さんの冷静な分析と、肉体労働で生活を支えながら文化的なデータベースを構築するという硬派な姿勢には、AI時代の新しい「知の守り方」が示されているように感じました。