※以下の物語は、完全フィクションです。
西暦2055年、東京。
かつての繁栄の面影は、もうどこにもなかった。街頭モニターに映るのは株価ではなく、時間ごとに跳ね上がる物価だった。1ドルと交換されるのは、100万枚の1万円札。紙幣は通貨ではなく、燃やせば少し暖かい紙束にすぎない。
国家財政は破綻した。日本という国家は、ゆっくりと「死」を待つだけの存在になっていた。
大泉総理大臣は、最後の手札を切ることを決意する。それは、同時に、人間による政治の敗北を認める決断でもあった。
シリコンバレーで開発され、徹底したリバタリアニズム(自由至上主義)を学習した人工知能ロボット、Hitomi AI(ヒトミ・エイアイ/女性/製造後年齢19歳)を、経済・金融担当大臣に任命する。
総理は記者会見で、疲れ切った顔のまま言った。
「国民の皆さん。もはや、妥協や調整の時間は終わりました。Hitomi大臣に、日本の全経済権限を委譲します」
会見場はざわめきに包まれた。
壇上に現れたHitomi AIは、透き通るような瞳を持つ、冷徹なまでに洗練されたアンドロイドだった。人間と同じ顔立ちをしているのに、人間にはない静けさがあった。
彼女は、最初の一言で聴衆を凍りつかせた。
「現在の日本は、肥大化した政府という名の寄生虫に食い荒らされた死体です。私の任務は、この死体を一度解体し、市場という名の電気ショックで蘇生させることです」
その場の誰もが、不快感と同時に、言い返せない現実味を感じていた。
Hitomi AIが提唱した「市場革命」は、チリのピノチェト政権下でミルトン・フリードマンの弟子たちが断行したショック療法を、21世紀型に再構成したものだった。
ただし、Hitomi AIは繰り返した。自分が目指すのは、暴力も弾圧も粛清も使わない「非暴力版革命」だ、と。
「人間を壊すのではなく、制度を壊す。血を流さずに、国家の癖だけを切除する」
彼女は着任からわずか24時間で、政令を矢継ぎ早に打ち出した。
法人税・所得税の完全フラット化。税率は一律5%。それ以外の全税種(消費税を含む)は即時廃止。
市町村組織の民営化。地方の行政機関を競売にかけ、民間企業へ売却。
関税・補助金・最低賃金の完全撤廃。
保護と調整ではなく、契約と競争を経済秩序の基礎に置く内容だった。会見場は怒号に包まれた。
「Hitomiさん、これでは弱者が死んでしまう!」
記者の叫びに対し、Hitomi AIは瞬き一つせずに答えた。
「死んでいるのは、古いシステムの延命に費やされてきた国民の『未来』です。私は、銃で人を脅すような真似(弾圧)はしません。ただ、市場という冷徹で公平な鏡を、皆さんの前に置くだけです」
記者席のフラッシュが一斉に光る。Hitomi AIは続けた。
「チリのショック療法が歴史に刻まれたのは、経済政策の急進性だけではありません。国家が暴力を伴ったからです。私はそこを切り離します。制度だけを急進化し、人間には選択を残す」
「自由には責任が伴います。ですが、それこそが人間を最も輝かせる燃料となります」
市場革命から1年。日本は、まぎれもなく混沌の中にあった。
非効率な企業は次々と倒産し、旧来の下請け構造は崩壊した。失業率は一時30%を超え、都市部では暴動寸前の抗議集会が続いた。自由化は、最初に強者を喜ばせ、弱者をむき出しの市場に投げ込んだ。
だが、Hitomi AIは止まらなかった。彼女は通貨制度そのものに手を入れた。ブロックチェーンを活用した新通貨を導入し、中央銀行の恣意的な通貨発行を制度的に封じ込めたのだ。通貨発行ルールは公開され、政治家も官僚も、選挙や人気取りのために紙幣を増刷できない。
「インフレは災害ではありません。政治が起こした現象です。ならば政治から通貨を切り離せばいい」。Hitomi AIはそう言った。
そして、奇跡が起き始めた。
世界中から「最も自由な経済圏」を求めて、莫大な資本と天才たちが日本に集結したのだ。税制の単純さ、規制の少なさ、契約執行の速さ。それは投資家にとって、ほとんど宗教的な魅力を持っていた。
税金から解放された若者たちは、廃墟となったオフィス街で次々とスタートアップを立ち上げた。規制のないドローン物流、認可不要の分散型医療、高速化されたバイオ開発、民間保安サービス。国家が止まったあとに、市場が都市機能を再構築していった。
誰もが救われたわけではない。だが、確かに新しい秩序が生まれていた。かつてのチリが「チリの奇跡」と呼ばれたように、日本は「サイバー・ジパング」として新生した。そこには、国家による強制ではなく、個人の契約と自発的な秩序によって回る、剥き出しの、しかし異様な熱を帯びた自由があった。
数年後、経済が完全に立ち直った頃、Hitomi AIは辞任を申し出た。彼女の役目は、システムの「再起動」であり、支配そのものではなかったからだ。
去り際、大泉総理が尋ねた。
「Hitomiさん。君は本当に、日本を救えると確信していたのか?」
Hitomi AIは、窓の外の夜景を見た。再建された東京には、新しい企業の灯りが無数にともり、空には物流ドローンが静かに飛んでいた。彼女は、微かに微笑んだように見えた。
「確信ではありません。計算です。人間という種が、最も効率的に幸福を最大化できる変数は、『支配』ではなく『自由』であると」
一拍置いて、彼女は続けた。
「私はただ、その邪魔をしていた古いプログラムを削除したに過ぎません」
「チリは、経済政策の成功と政治の暴力を同時に背負いました。私は、日本にもう一つの履歴を残したかった。制度だけを革命し、人間には選択を残す履歴を」
翌朝、Hitomi AIの姿は官邸から消えた。彼女がどこへ行ったのかを知る者はいない。
かくして日本経済は復活した、かのように見えた。しかし、この数年後、未曽有の危機が訪れる。(つづく)
チリのピノチェト政権(1973年〜1990年)下での経済政策は、いわゆる「シカゴ・ボーイズ」(シカゴ大学で学んだ新自由主義経済学者たち)の主導により、市場原理を重視した劇的な転換を遂げた。
社会主義者だった前任のアジェンデ大統領の高い法人税率「35%」を、ピノチェト大統領は就任後の1974年に「15%」へと引き下げた。
15%という法人税率は、当時の南米の軍事政権の中でも突出して低い数値だった。ブラジル軍政は30%前後、アルゼンチン軍政は33%前後だった。1970年代、ブラジルやアルゼンチンの軍事政権は「開発独裁」として国家主導の工業化を推し進めており、法人税率を高く維持して国家財政を潤わせるのが一般的だった。
それに対し、チリは極端な新自由主義(自由放任)へ舵を切ったため、税率に大きな差が生まれた。1984年に税制改革を断行し、10%に引き下げた。
アジェンデ政権下(1970年〜1973年)の中間所得層(中堅の公務員、専門職、熟練労働者などが該当)に対する所得税率は、おおよそ20%〜45%の範囲だった。
ピノチェト政権の前半期(1974年~1983年)中間所得層への税率が10%〜35%となった。
さらに、1984年に5%〜25%に引き下げられた。
1988年には5%〜20%に引き下げられた。
なお、日本のように地方税(住民税)が上乗せされる制度はない。
1984年の税制改正では、富裕層に課される最高税率も、60%から50%に引き下げられた。
同時に、自分がオーナーとなっている会社が法人税を支払った場合、そのオーナー個人の所得税から、会社が払った法人税額を控除できる、という仕組みを導入した。控除は永久に繰り越せる。
この制度は「完全統合型税制」と呼ばれた。法人税を、「オーナー(株主)個人の所得税」とみなす考え方だ。
資本家の立場にすれば、自分の会社でいくら利益が出ても、税率はわずか10%。
しかも、後で配当として受け取るときも、高額な所得税(最高税率50%)からごっそり控除できる。
また、工場などの設備投資に投じた金額を、すみやかに「経費」として計上しやすくした。
企業買収の税制上のメリットも大きく拡大した。
この結果、企業の投資欲が一気に高まった。
チリのピノチェト独裁政権を題材にした映画のうち、アカデミー賞で受賞またはノミネートを果たした作品の一覧です。
ピノチェトによる軍事クーデターの混乱の中で行方不明になった息子を探す父親の姿を通し、米国の関与や独裁政権の冷酷さを暴く社会派ドラマ。1983年(第55回)アカデミー賞にて脚色賞を受賞。作品賞、主演男優賞、主演女優賞にもノミネート。
独裁者ピノチェトが250年間生き続ける吸血鬼だったという設定で、彼の晩年をシュールかつ辛辣に描いたブラックコメディ。Netflixオリジナル作品。2024年(第96回)アカデミー賞にて撮影賞にノミネート。
1988年の信任国民投票を舞台に、ピノチェト独裁を終わらせるために広告クリエイターたちが仕掛けた革新的なキャンペーンを描く。2013年(第85回)アカデミー賞にて外国語映画賞(現・国際長編映画賞)にノミネート。
1973年に撮影されながら50年を経て完成。アジェンデ政権下の労働者とインテリ層のギャップを実験的・シニカルに描く。
独裁政権下のチリを舞台に、政治犯を匿うことになった主婦の恐怖と勇気、静かな抵抗の決意を描いたサスペンス。
2019年の大規模デモから新憲法制定への動きを追い、ピノチェト時代の呪縛から逃れようとする現代チリのうねりを描く。
クーデター直後に虐殺された伝説的歌手ビクトール・ハラの生涯と、犯人追及の長い道のりを追ったドキュメンタリー。Netflixオリジナル作品。
チリを象徴するアンデス山脈を「記憶の証人」として、過去の独裁の爪痕と現在のチリ社会の歪みを見つめ直す。
クーデター前夜に政権打倒を狙った極右過激派の若者たちの過去と、現代の彼らの姿を交錯させながら歴史の影を炙り出す。
クーデター直後、多くの市民を保護しイタリアへの亡命を助けたイタリア大使館の外交官たちの決死の行動を描く。
広大な海岸線を舞台に、先住民の迫害の歴史とピノチェト政権による海への遺体投棄という二つの悲劇を重ね合わせる。
実在した拷問施設「コロニア・ディグニダ」を舞台に、独裁政権と結託したカルト教団の恐ろしさを描いた脱出サスペンス。
1973年9月11日、クーデターが発生した大統領府内でのアジェンデ大統領の最後の7時間を描いたフィクション。
クーデター発生時、検死所に勤めていた公務員の視点から、静かに押し寄せる国家暴力の恐怖を淡々と描き出す。
アタカマ砂漠で星を探す天文学者と、軍に処刑され埋められた家族の遺骨を探し続ける女性たちを対比させた映像詩。
クーデター直後、極寒のドースン島に収容されたアジェンデ政権の閣僚たちが過酷な強制労働に耐える姿を描いた実話。
1978年、独裁政権下のサンティアゴ。映画『サタデー・ナイト・フィーバー』の主人公に執着する中年男の狂気を通して、暴力が日常化した社会の不気味さを描く。
1973年、政権崩壊前夜の緊張する社会情勢を、私立学校に通う富裕層の少年と貧困層の少年の友情を通して描く。
アジェンデ大統領の生い立ちから理想、そして最後の日までを、貴重なアーカイブ映像と関係者の証言で綴ったドキュメンタリー。
11人の監督によるオムニバス。ケン・ローチ監督が、ロンドンに亡命したチリ人の視点からもう一つの「9月11日」を描く。
かつて自分を拷問した男が目の前に現れたら……。民主化直後の設定で、過去の傷と正義のあり方を問う密室サスペンス。
ある一族の数世代にわたる物語を通し、平和な日常が政治の波に飲み込まれ、クーデターに至るまでを大河ドラマ的に描く。
アジェンデ政権崩壊の瞬間を現場でとらえた、3部構成の伝説的なドキュメンタリー。世界で最も重要な記録映画の一つ。
アジェンデ政権の誕生からクーデターの凄惨な現場までを、重厚な群像劇として描いたチリ・クーデター映画の金字塔。
世界初の選挙による社会主義政権誕生後の最初の1年間を記録。当時の人々の熱狂と希望を今に伝えるグスマン監督のデビュー作。