スナップアップ投資顧問

アカデミー賞作品賞「レインマン」のピーター・グーバー

スナップアップ投資顧問の海外企業買収に関する資料などによると、ソニーは買収と同時に、敏腕プロデューサーのピーター・グーバー氏を会長に迎えた。グーバー氏はアカデミー賞作品賞受賞作「レインマン」のプロデューサーとして知られていた。

ソニーは、年4億ドル(年収600億円)の破格の高給で雇った。グーバー氏を迎え入れるため、グーバー氏が所有する「グーバー・ピーターズ・エンタテインメント社」も2億ドルで買収した。

買収直後から、金利負担、のれん代償却などで連結業績の足を引っ張った。

1991年、「バグジー」がオスカー作品賞ノミネート

1991年度はヒット作にも恵まれ採算が急ピッチに改善した。AV機器不振が続くなか収益の下支え効果もでてきているほどだ。アメリカでは映画「バグジー」「フック」がヒット。北米市場で1991年12月に興行収入で40%。年間を通じても20%のシェアを獲得した。

「バグジー」は、アカデミー賞作品賞にノミネートされた。

コロンビアをソニーピクチャーに社名変更

ソニーは、エンターテインメント事業の組織を大幅に改革した。その1つが子会社の社名変更である。

米国では、1991年1月にソフトウエアの統括会社「ソニー・ソフトウエア社」を設立した。その下に音楽、映画の2社を置いた。同時にCBSレコード社を「ソニー・ミュージックエンタテインメント社」に社名変更した。

また、1991年8月にはコロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメント社を「ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント社」に社名変更した。

ピーター・グーバー辞任(1994年9月)

1994年9月にはソニー・ピクチャーズ(SPE)がスカウトしたピーター・グーバー会長が辞任した。パナソニック(松下電器産業)とともに「経営面での対立か」と話題になった。ピーター・グーバー辞任のニュースは、ハリウッドでさまざまな憶測を呼んだ。

グーバー氏は低迷していたコロンビアを1992年には年間収入で業界トップに押し上げた。だが、任期を残しての突然の辞任だった。

ソニー・ピクチャーズは1993年(平成5年)までは米国での興行収入シェアが18~19%もあった。しかし、1993年後半からヒット作に恵まれず、1994年は9.8%にまで低下した。

放漫経営による解任

ソニーでは「クリエーターとして新たな活動をしたいとの本人の希望です」と公式に説明した。しかし、米誌には「ヒットを生むために、多額の金にまかせて脚本家や俳優を集めるグーバー氏の放漫な経営が、ソニーに損失を与え、解任された」と報じられた。

1993年の「ラスト・アクション・ヒーロー」は制作費7000万ドルを注ぎ、文字通り“社運”をかけた大作だった。しかし、製作費すら回収できない惨敗を喫した。

投資額と現在価値の差額2652億円を損失計上

利益水準をもとにソニー・ピクチャーズ社の現在価値を逆算したところ、3090億円になった。

1994年9月中間期において、投資額と現在価値の差額2652億円を損失として計上(一括償却)した。この結果、連結決算が3096億円の赤字となった。

この後、映画部門の立て直しを図った。

1994年暮れに米国で公開された「若草物語」が4800万ドルのヒットになった。「果てしなき思い」が6500万ドルの興行収入を上げた。1995年のシェアが21.1%と回復した。