アカデミー賞

受賞

受賞 作品賞
主演男優賞
ロッド・スタイガー
脚色賞
スターリング・シリファント
録音賞
サミュエル・ゴールドウィン・スタジオ・サウンド部
編集賞
ハル・アシュビー

ノミネート

ノミネート 監督賞
ノーマン・ジュイソン
音響編集賞
ジェームズ・A・リチャード

映画「夜の大捜査線」とは

米南部の田舎町ミシシッピ州で起きた殺人事件を軸に、人種差別問題と犯罪映画の要素をたくみにミックスさせた秀作。古典的な作りでありながら、余計な贅肉が少ない。社会派映画、刑事ドラマ、バディもの、ミステリーとしての要素が、非常に効率よく組み合わされている。

シドニー・ポワチエとロッド・スタイガーの「至高の演技合戦」

本作の評価を不動のものにしているのは、バージル・ティッブス(シドニー・ポワチエ)とビル・ギレスピー署長(ロッド・スタイガー)という、相反する2人の緊迫感あふれる心理戦と、そこから生まれる奇妙な人間的連帯感である。

方法論の違いと奇跡的なケミストリー

舞台経験が豊富で旧知の仲であった二人は、互いの実力を認め合いながらも、全く異なるアプローチで役を構築した。

ロッド・スタイガーは徹底した「メソッド俳優」であり、撮影期間中、週末のプライベートな時間でも南部の署長になりきり、南部訛りや歩き方を崩さなかった(ポワチエ自身もその凄まじい没入ぶりに驚嘆したと語っている)。スタイガーが演じたギレスピーは、一見すると頑迷なレイシストであるが、物語が進むにつれて「自分よりもはるかに優秀な黒人刑事」であるティッブスを前に、自身の無知への焦りと、警察官としての職業倫理の間で揺れ動く複雑なグラデーションを見事に表現している。

一方、ポワチエは当時の黒人ヒーロー像のアイコンとして、差別に対しても誇り高く、一切の屈従を許さない「静かなる怒り」を体現した。この「動」のスタイガーと「静」のポワチエのコントラストが、一瞬の緩みもないスリリングな緊張感を生み出している。

機転から生まれた名シーン

映画の中で最も情感豊かなシーンの一つである、ギレスピー署長の自宅で二人が夜を徹して酒を酌み交わし、孤独や将来について語り合う場面は、その大部分がポワチエとスタイガーの「即興演技」によって作られた。

撮影日、ロケ地の古い民家のトタン屋根に激しい雨が降り注ぎ、録音作業が一時中断された。雨宿りのために車内に避難したポワチエ、スタイガー、そしてジュイソン監督は、元の台本に満足していなかったため、その場でセリフをリハーサルしながら即興で掛け合いを始めた。その中でスタイガーが即興で放った「黒ん坊、調子に乗るなよ(Don't get smart, black boy!)」という挑戦的なセリフは、二人の間に漂う本音の緊張感を一気に引き上げ、監督はこれをそのまま本番で採用した。このシーンにより、二人は単なる「対立する黒人と白人」から、「地方で孤立する二人の男」としての奇妙な共感と、尊厳の認め合いへと到達する。

映画史を塗り替えた「温室での平手打ち(The Slap)」

本作において、そしてアメリカ映画史上において最も革命的と評されるのが、地元の有力者エンドコットの温室を二人が訪ねるシーンである。 捜査線上に浮かんだエンドコットをティッブスが厳しく追及した際、激怒したエンドコットはティッブスの頬を平手打ち(スラップ)する。次の瞬間、ティッブスは躊躇うことなく、即座に、かつそれ以上の力でエンドコットの頬を叩き返した。

それまでのハリウッド映画において、黒人キャラクターが白人に暴力を振るうことは絶対的なタブーであり、仮にそのような描写があっても、そのキャラクターは必ず悲惨な死や罰を受けるのがお決まりであった。しかしティッブスは、何のお咎めもなく、ただ静かにその場を立ち去る。この瞬間、長年ハリウッドが強いてきた「従順で無抵抗な黒人像」は完全に打ち砕かれ、黒人の真の尊厳と自己防衛の権利がスクリーン上で肯定された。

このシーンの返し技は当初の原作にはなく、スターリング・シリファントの初期のプロットでも「ティッブスは怒りを必死にこらえる」とされていた。しかしポワチエ自身が「叩かれたら、本能的にその場で叩き返す描写をすべての劇場公開版に約束しなければ、この役は引き受けない」と強く主張し、この歴史的な名シーンが実現した。

巧みな編集

本作は、現代人が見てもテンポが良い。表情や会話でじっくり見せるシーンも多いが、退屈しない。単に展開が速いというだけでなく、無駄な説明が少なく、場面ごとの目的がはっきりしている。だから、じっくり見せる場面が入っても、映画全体が停滞しない。

例えば、ティッブスが駅で捕まる冒頭から、すぐに物語が動く。彼が何者か分からないまま疑われ、警察署に連れて行かれ、そこで身分が明らかになる。この流れだけで、事件、土地柄、人種差別、ティッブスの知性、ギレスピー署長の偏見と動揺が一気に提示される。説明台詞で背景を語るのではなく、状況そのもので見せている。

また、長い会話シーンでも、そこには必ず緊張がある。ティッブスとギレスピーが話しているだけでも、単なる捜査会議ではない。どちらが主導権を握るのか、相手を信用するのか、侮辱にどう反応するのか、常に力関係が動いている。だから会話劇としても退屈しない。

上映時間が約110分で収まっているのもポイント。今の映画なら、ティッブスの過去、ギレスピーの家庭、町の歴史、人種差別の社会背景などを足して、2時間半にしてしまいそうな題材だ。しかし『夜の大捜査線』は、それをやらない。必要な情報だけを出して、あとは観客に読み取らせる。

■ クインシー・ジョーンズの音楽
当時ハリウッドで頭角を現し始めたクインシー・ジョーンズが作曲したスコアは、南部スパルタのうだるような熱気と孤独を象徴する、泥臭いブルース、ジャズ、カントリー、そしてソウルを融合させた名盤である。レイ・チャレスが歌い上げるソウルフルな主題歌『In the Heat of the Night』は、映画のオープニングから観客を「余所者にとって極めて危険で排他的な南部の空気」へと一気に引き込む。

アシュビーの編集は、クインシーの音楽のテンポとも密接に連動している。アシュビーは編集室で音楽を聴きながらカットのタイミングを計る手法を好み、これにより映画全体に心地よい緊迫感と独自のリズムをもたらした。

画期的な映像技術:ハスケル・ウェクスラーによる革新的ライティング

本作のビジュアルは、撮影監督ハスケル・ウェクスラー(本作が初のカラー長編映画)の画期的な挑戦によって支えられている。
それまでのハリウッドでは、標準的な強い照明が使われていたが、これは白人俳優の肌に合わせて調整されたものであり、黒人俳優が同じ照明で撮られると、肌に過剰な反射(グレア)が生じて表情が不鮮明になってしまう弊害があった。
ウェクスラーは、シドニー・ポワチエの撮影において意図的に照明の光量を落とし、ローライト(低照度)で撮影する技術を導入した。これにより、ポワチエの目や口元の微細な動き、知性と怒りが入り混じった豊かな表情がスクリーンに鮮明に浮かび上がり、観客が彼の内面に深く共感することを可能にした。これは、映画業界における黒人表現の歴史的な技術革新とされている

商業的にも大成功

本作は、商業的にも大成功を収め、200万ドルの予算に対して2,400万ドル以上の興行収入を記録した。

【あらすじ】駅で列車を待っているだけで、殺人事件の容疑者として逮捕される黒人男性(シドニー・ポワチエ)。実はこの男、米北部フィラデルフィア州のエリート刑事だった。街の警察署長(ロッド・スタイガー)は、初めて扱う殺人事件の応援を男に頼もうとするが、根強い偏見が残る土地だけに立場上、素直に頼めない。黒人刑事も捜査に協力しようとするが、差別主義者の不良に襲われたりと、思うようにならない。

1967年/アメリカ/109分/原題「In the Heat of the Night」

動画

予告編

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