ノマドランドのアカデミー賞

受賞

受賞 作品賞
監督賞
クロエ・ジャオ
主演女優賞
フランシス・マクドーマンド

ノミネート

ノミネート
脚色賞
撮影賞
編集賞

オスカー前哨戦の戦績

主要な前哨戦でほぼ全勝!

ノマドランドは、秋のトロント国際映画祭で、最高賞(観客賞)に輝いた。これが、オスカー前哨戦における快進撃のスタートだった。 ベネチア国際映画祭でも、作品賞(金獅子賞)を受賞した。

当初は「ストーリーが地味すぎる」との声

ただ、この時点では、Netflixの「シカゴ7裁判」のほうが、オスカーでは有力だと予想されていた。 ノマドランドは芸術性は高いものの、ストーリーが地味。 一般大衆を感動の渦に巻き込むような高揚さがない。 これに対して、シカゴ7裁判には、オスカー作品賞の重要要素とされる「精神を高揚させる(uplifting)」「一般大衆を感動させる(crowd-pleasing)」といった特性があった。

無敵の強さを維持

しかし、その後の前哨戦において、ノマドランドがシカゴ7裁判に負けることは皆無だった。 アカデミー賞の結果との共通性が高い「シカゴ批評家賞」をはじめ、全米の評論家が選び様々な賞で無敵の強さを誇った。 最大の難関と見られていた「PGA」もあっさり勝利。 ライバルがいないような状態で授賞式に臨んだ。

逆風が起きず

通常は、賞レースのトップを走る作品に対しては、何らかのバッシングが起こる。 他の候補作を推す映画会社のネガティブ・キャンペーン等によって足を引っ張る論調も出る。 しかし、ノマドランドには逆風が起きなかった。

コロナ下の世相にもマッチ

コロナウイルス大感染で50万人以上の死者を出したアメリカ。 国民が長期にわたって自宅に閉じこもった生活を送るなか、 ノマドランドの静かな映像美と瞑想的なストーリーは、 多くの人たちの心に響いたようだ。

<主な前哨戦の成績>
受賞した部門
PGA(全米プロデューサー組合賞)
 (歴代→
作品賞
トロント国際映画祭
 (歴代→
作品賞
ベネチア国際映画祭
歴代→
作品賞
英国アカデミー賞
 (歴代→
作品賞、監督賞、主演女優賞、撮影賞
放送映画批評家協会賞(クリティック・チョイス)
 (歴代→
作品賞、監督賞
シカゴ映画批評家協会賞
 (歴代→
作品賞、監督賞、主演女優賞、脚色賞、撮影賞
ゴールデングローブ賞
 (歴代→
ドラマ作品賞、監督賞
インデペンデント・スピリット賞 作品賞、監督賞、撮影賞、編集賞

ノマドランドとは

車でキャンプ生活

題名「ノマドランド」の「ノマド(nomad)」とは、遊牧民を意味する。 この映画では、家を持たず、車で移動しながら暮らす「車上生活者」のことを指している。 大き目の車を改造したキャンピングカー(Van)で全米を移動しながら仕事する人たちで、21世紀になって米国で急増した。その大半は高齢者。 そんな現代版の遊牧民たちの姿を描く。 60代、70代のノマドたちは短期労働を転々としながら、既存の価値観や常識に縛られず、残りの人生をいかに生きるかを模索する。

マイホームと夫を失った60代の女性

オスカー女優フランシス・マクドーマンドが主演。マクドーマンドが演じる主人公は、 米国の田舎町に長年住んでいた。 しかし、その町にあった鉱物資源の採掘場が閉鎖されたため、 町が丸ごと消滅した。 この結果、定職を失い、自宅も手放すはめになった。 さらに、最愛の夫にも先立たれた。 年金の受給額が少ないため、仕事をしなければ生活してゆけない。 経済的な窮地に立たされた彼女は、60代にして車上生活を始めることとなった。 倉庫の軽作業などのパート職を転々とする日々。

そんな彼女の日常や他の車上生活者との触れ合いを、静かなドキュメンタリー風に淡々と映し出す。 全体的にスローなテンポで、地味。映画としての一般的な娯楽性はあまりない。 黙想的な作品である。

中国出身、アメリカ在住のジャオの3作目

中国出身でアメリカ在住のクロエ・ジャオ監督(38歳)にとって、本作は3作品目。 ジャオは2作目「ザ・ライダー」(2017年/予告編→)で高い評価を受けた。2021年秋以降に公開予定のマーベル映画「エターナルズ」の監督に抜擢された。

主役のマクドーマンドが、映画の発起人の一人

主役を熱演したマクドーマンドは、主演女優賞にノミネートされた。 彼女は本作のプロデューサーの一人でもある。 もう一人のプロデューサーとともに、原作のノンフィクション小説の映画化権を取得。 ジャオの前作(ザ・ライダー)を気に入り、監督・脚本を依頼した。

本物の車上生活者が、主要な脇役を固める

本作では、俳優でない本物の車上生活者たちが脇役を演じた。 しかも、ちょっとした脇役ではなく、 重要な役柄を固めた。 主なキャストの中で、プロの役者はマクドーマンドとデビッド・ストラザーンだけだ。 それによってリアルさが増し、作品に対する高評価のポイントの一つになった。 ジャオ監督は、これまでの2つの作品でも、素人を起用し、見事に演じさせることに成功してきた。

原作はルポ

原作は、米国の女性ジャーナリストが書いた本である。 ン『ノマド:漂流する高齢労働者たち』という題名で、日本でも発刊された。 実在の車上生活者を取材したルポ。

映画はフィクション

原作はノンフィクションだが、映画はフィクションである。 主人公も架空だ。 原作の本で取材対象として取り上げられたリンダ・メイ(女性)、スワンキー(女性)、ボブ・ウェルズ(男性)らは、 映画にも出演している。 スクリーン上で全く違和感がく、完全に溶け込んでいる。

ノマド界のリーダー、ボブ・ウェルズ氏

このうち、ボブ・ウェルズ氏は、車上生活者たちのリーダー的な存在である。 Youtubeなどを通じて、車上生活のコツを紹介している有名人。 グルー(教祖)的な存在ともいえる。 自らノマド生活を送りながら、全米各地で様々なイベントを開催している。 ただ、金集めや権力に走るようなやましい人では決してないという。 常に質素で、人助けが大好きなおじいちゃんだというのが、もっぱらの評判だ。

アマゾン物流倉庫と、ノマドたちの関係

現在、ノマドたちの重要な収入源となっているのが、 Amazon(アマゾン)の倉庫での仕事だ。 この点は、原作でも映画でも、実体が描かれている。

クリスマスの大消費を、何もない田舎で支える

アマゾンは全米の田舎の何もない土地に、 巨大な物流拠点を作る。 周辺には住民がいないため、 人手不足になりがちだ。 とくに、米国民の買い物の量が飛躍的に増えるクリスマス・シーズンは、 深刻だ。 そこで貴重な戦力になるのが、ノマドたちである。 彼らが全米各地からアマゾンの物流センターに集まってきて、 労働力を提供する。 それによって、アマゾンは商品の仕分けや梱包といった業務をこなすことができるのだ。 このように、ノマドたちは米国の消費生活の大事な一躍を担っているのである。

高齢者にとってキツイ仕事だが・・・

とはいえ、アマゾンの倉庫での仕事は過酷だという。 高齢者であるノマドたちにとっては、きつい。 それでも賃金が良いため、 貴重な収入源として位置づけているノマドが多いという。

「エンパイア」という実在した町

主人公が住んでいた町は「エンパイア」という名前だ。 かつて実在していたネバダ州の町だ。 750人以上が住んでいた。 その大半は、採掘場の運営会社が提供する家に住んでいたという。 2011年に採掘場が閉鎖された。働いていた95人が解雇された。 そして、全員が町から退去。 映画の冒頭にある通り、その町の郵便番号も廃止になった。

映像の美しさが際立つ

本作は映像の美しさも際立つ。撮影技術も称賛された。

最強のオスカー系映画会社

本作は、オスカーに強い「サーチライト・ピクチャーズ」(旧フォックス・サーチライト)が配給した。製作費約5億円のアート系映画である。 サーチライトは2010年代のアカデミー賞において、最高級の戦績を残した会社だ。

「それでも夜は明ける」「バードマン」「シェイプ・オブ・ウォーター」で作品賞

1990年代から2000年代にかけてアカデミー賞を牛耳った映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインとその会社(ミラマックス)が、2010年代に失速した。 やがてワインスタインが性犯罪で刑務所入りとなり、会社も倒産した。 衰退するワインスタインと入れ替わるようにして、2010年代に最強のオスカー請負会社となったのが、サーチライトだ。 「それでも夜は明ける」「バードマン」「シェイプ・オブ・ウォーター」で作品賞を獲得した。

「ネトフリ 対 サーチライト・ディズニー連合」の時代

サーチライトは、「フォックス・サーチライト」という社名だったが、親会社の21世紀フォックスがディズニーに買収されたことに伴い、 「サーチライト」になった。 大作主義・娯楽主義のディズニーの子会社になったことで、アート映画路線が低迷することが心配された。 しかし、現時点では、従前のようなアート志向の映画活動を継続しているようだ。 2020年代は、「ネットフリックス(Netflix)」と「サーチライト&ディズニー連合」のオスカー争いが、熾烈になりそうだ。

クロエ・ジャオ

<クロエ・ジャオ監督の映画と動画配信の一覧>

題名 動画配信
2021 エターナルズ
2020 ノマドランド アマゾン→
2017 ザ・ライダー アマゾン→
2015 Songs My Brothers Taught Me 予告編→

動画

映画の予告編


特別映像


町山智浩の論評


ネタバレ解説(シネコト)


日本公開日

2021年3月26日